社会保険労務士 藤本事務所(大阪) は、労働保険・社会保険の事務処理の代行、給与計算、助成金申請、人事・労務管理に関するご相談、日本版401K導入、派遣業、建設業等の許認可申請、会社設立などに関する業務を行っております。

重要労働判例特集

朝日火災海上保険(高田:非組合員)事件「不利益変更:退職金規程の効力」(最高裁第三小法廷判決:H8.3.26)

| コメント(0) | トラックバック(0)


【事件の概要】
 会社は、昭和46年10月、退職金規定を改訂し、勤続期間30年の退職者に支給する退職金を本俸の71力月分と定めた。この改訂は、本俸の賃上げ率が、各年6%程度であり、定年退職金支給額が1300万円ないし1500万円程度との見込みの下に行われたもので、将来退職金が2000万円を超えるような事態になれば、算定基準の見直しを要するとすることについては、労働組合も同意見であった。
 その後の各年の賃上げ状況は、昭和46年を100とした場合、昭和49年は187.8、昭和52年は234.4であり、賃上げ率が当初見込みどおりであれば、昭和52年は141.9となる予定であったこと、大蔵省の検査の際、この状態が続けばいずれは退職金倒産となるであろうと指摘されたことなどから、労使間の合意により、昭和54年度以降は、退職金規定の改訂が実現するまでは、退職金算定の基準となる本俸を昭和53年度のそれに凍結することを取り決めた。
 会社は、昭和58年7月11日、労働組合との間で労働協約を改訂し、同時に就業規則も改訂した。改訂事項のうち退職金に関する部分の要旨は、「基準支給率を『30年勤続71ヵ月』から『30年勤続51ヵ月』に改訂するが、経過措置として昭和58年度は60ヵ月とする。」というものであった。
 当該労働協約においては、同時に、当初からの自社従業員については満55歳、他社業務引継に伴う移籍従業員については満63歳とされていた定年について、
�@昭和58年4月1日より満57歳の誕生日をもって定年とする。
�A定年後引き続き勤務を希望し、心身共に健康な者は原則として満60歳まで特別社員として再雇用する。
�B特別社員の給与は、特別社員給与規程による。
�C退職金は満57歳の定年時に支給し、それ以降は支給しない。
という合意をした。なお、「昭和58年4月1日現在満57歳以上の者は満62歳まで特別社員として再雇用し、同年3月末日の基本給に基づき新方式により、同日付けで退職金を支給する。」等の経過措置を講じた。
 これに伴い、会社は、昭和58年4月1日現在すでに満57歳に達していた原告(控訴人、被上告人、支店営業担当調査役、非組合員)に対し、新退職金規程の経過措置に基づき、同人の3月末日の基本給30万8400円に60を乗じた1850万4000円を退職金として支払った。
 原告は、新労働協約は非組合員には適用できないこと、就業規則の変更による退職金支給率などの改正は無効であるとして、変更前の支給率による退職金の支払い等を求めた。
 ちなみに、本人の昭和53年度の本俸額は28万2800円であり、これに71を乗じると2007万8800円となり、差額は157万4800円となる。
第1審は、新労働協約は、合併後の労働条件統一の必要性等合理性があり、非組合員の労働条件を低下させることを目的としたものではないこと、代償金などが支払われ一定の配慮をしていることなどを挙げ、新労働協約の効力が非組合員にも及ぶとし、また、新労働協約の締結に伴う就業規則による定年制および退職金支給率の変更にも合理性があり、原告に対してその効力が及ぶとした。

第2審は、新労働協約および新就業規則の一部の効力は原告には及ばないとして旧退職金規程に基づく退職金の請求を認めた。

 最高裁も、原告の請求を認めた。
【判決要旨】
1 労働協約には、労働組合法17条により、一の工場事業場の4分の3以上の数の労働者が一の労働協約の適用を受けるに至ったときは、当該工場事業場に使用されている他の同種労働者に対しても右労働協約の規範的効力が及ぶ旨の一般的拘束力が認められている。ところで、同条の適用に当たっては、右労働協約上の基準が一部の点において未組織の同種労働者の労働条件よりも不利益とみられる場合であっても、そのことだけで右の不利益部分についてはその効力を未組織の同種労働者に対して及ぼし得ないものと解するのは相当でない(効力が及ぶ)。けだし、同条は、その文言上、同条に基づき労働協約の規範的効力が同種労働者にも及ぶ範囲について何らの限定もしていない上、労働協約の締結に当たっては、その時々の社会的経済的条件を考慮して、総合的に労働条件を定めていくのが通常であるから、その一部をとらえて有利、不利ということは適当でないからである。・・・・
 これを本件について見ると、前記事実関係によれば、まず、本件労働協約は、被上告人が勤務していた上告人の北九州支店において、労働組合法17条の要件を満たすものとして、その基準は、原則として、被上告人に適用されてしかるべきものと解される。……
 しかしながら他面、本件労働協約の内容に照らすと、その効力が生じた昭和58年7月11日に既に満57歳に達していた被上告人のような労働者にその効力を及ぼしたならば、被上告人は、本件労働協約が効力を生じたその日に、既に定年に達していたものとして上告人を退職したことになるだけでなく、それと同時に、その退職により取得した退職金請求権の額までもが変更前の退職手当規程によって算出される金額よりも減額される結果になるというのであって、本件労働協約によって専ら大きな不利益だけを受ける立場にあることがうかがわれるのである。また、退職手当規程等によってあらかじめ退職金の支給条件が明確に定められている場合には、労働者は、その退職によってあらかじめ定められた支給条件に従って算出される金額の退職金請求権を取得することになること、退職金がそれまでの労働の対償である賃金の後払的な性格をも有することを考慮すると、少なくとも、本件労働協約を被上告人に適用してその退職金の額を昭和53年度の本俸額に変更前の退職手当規程に定められた退職金支給率を乗じた金額である2007万8800円を下回る額にまで減額することは、被上告人が具体的に取得した退職金請求権を、その意思に反して、組合が処分ないし変更するのとほとんど等しい結果になるといわざるを得ない。加えて、被上告人は、上告人と組合との間で締結された労働協約によって非組合員とするものとされていて、組合員の範囲から除外されていたというのである。以上のことからすると、本件労働協約が締結されるに至った前記の経緯を考慮しても、右のような立場にある被上告人の退職金の額を前記金額を下回る額にまで減額するという不利益を被上告人に甘受させることは、著しく不合理であって、その限りにおいて、本件労働協約の効力は被上告人に及ぶものではないと解するのが相当である。
2 一方、労働者の労働条件を不利益に変更する就業規則が定められた場合においては、その変更の必要性及び内容の両面からみて、それによって労働者が被る不利益の程度を考慮しても、なお当該労使関係における当該条項の法的規範性を是認することができるだけの合理性を有するときに限り、就業規則の変更の効力を認めることができるものと解するのが相当であることは、当審の判例とするところである。
 これを本件について見ると、前記事実関係の下においては、変更前の退職手当規程に定められた退職金を支払い続けることによる経営の悪化を回避し、退職金の支払いに関する前記のような変則的な措置を解消するために、上告人が変更前の退職手当規程に定められた退職金支給率を引き下げたこと自体には高度の必要性を肯定することができるが、退職手当規程の変更と同時にされた就業規則の変更による定年年齢の引下げの結果、その効力が生じた昭和58年7月11日に、既に定年に達していたものとして上告人を退職することになる被上告人の退職金の額を前記の2007万8800円を下回る額にまで減額する点では、その内容において法的規範性を是認することができるだけの合理性を有するものとは認めがたい。そのことは、右1に説示したところに照らして明らかである。したがって、被上告人に対して支払われるべき退職金の額を右金額を下回る額にまで減額する限度では変更後の退職手当規定の効力を認めることができない。

■(参考)朝日火災海上(石堂:組合員)事件(最高裁判決:H9.3.27)
本件の原告と同じ他社業務引継に伴う移籍従業員であるが、労働組合員であった労働者が、労働協約による退職金支給率の引下げは無効であるとして、退職金差額の請求をした事件である。
 1、2審とも請求を棄却し、最高裁も、協約締結の経緯や当時の会社の経営状態、協約内容の全体的な合理性に照らすと、本件協約は特定の組合員を殊更不利益に取り扱うことを目的として締結されるなど組合の目的を逸脱して締結されたものとはいえず、協約の規範的効力を否定する理由はないとして、上告を棄却した。